今日は、全く占星術と関係ない

お伝えをします。

 

大卒後23歳で、訪問介護員にいきなり

なりました。訪問介護員、とは、

いわゆるホームヘルパーのことです。

 

私は、料理も掃除もへたなのに、

「おじいちゃんおばあちゃんの

お家へいって直接お世話したい」と

いう想いから、ホームヘルパー2級という

名ばかりの資格を取っていきなり訪問介護員、

として就職しました。

 

泣いた、泣いた。

自分のふがいなさ。

介護技術も家事も未熟。人間としても

未熟。愛嬌だけはあったのでよかったけど、

お年寄りサイドとしては、

「頼りない女の子」だったと思う。

 

難病でも、在宅で暮らす人の

多い事。その人たちを、

しっかりと介護して歩かせること

すらできない未熟者の私。

 

お年寄りの前で泣いてしまった

ことがある。

「私は何故、できないのだろう。。」

 

そうして、1年半が経過したころ、

本気で介護士の勉強がしたいと思い立った。

 

介護福祉士という専門職の

学校を受験し、奨学金制度を使って

通うことにした。

 

その2年は、今でも忘れない

人生の宝、初めて青春時代といわれる

学生生活を過ごした。

(高校時代は対人恐怖症で

暗く、大学もあまり面白くなくて、

友人と遊びまわったことはすくない)

 

 

その学校を卒業して、

介護施設に2回就職した。

 

1回目は、病院系の福祉施設で、

あまりの過酷さと、施設介護の冷たさに

挫折。朝、たったひとりで、30人を

ベッドから起こす。ことが出来ずに、

通勤拒否を起こして退職。

 

2回目に就職した老人ホームは、

似たようなところはあったものの、

3年8か月ほど勤めた。

流れ作業の介護に、心を殺して、

任務を遂行する日々だった。

 

けれど、そこで出会ったお年寄りに

心を救われて、毎日を何とか

過ごすことが出来た。

 

他県にいる祖母が、

腎不全となり、介護を引き受ける

事に決めた。

老人ホームを退職し、引っ越して、

認知症になりかかっている祖母の世話を始めた。

 

その簡単な記録はこちら。

http://hoshino-oujisama.com/about-hoshino-oujisama/truly-good-foods

 

辛かった。

頑張っても誰も、認めてくれない。

愛していた祖母がボケて、

他で私の悪口を言っていたことを

知ったときは怒り狂って暴れた。

(ひどかったね。申し訳ないです。)

ボケると、一番身近な人のことを

悪く言うんだよね。でも、

それが専門職として割り切れない。。

 

しばらくして、

地域包括支援センターという、

高齢者虐待などの通報センターに

就職。3年ほど勤めた。

 

この時、いろいろな事例を聞いてて、

本当に介護は大変だ。と思ったし、

「私は虐待に当たる行為をしたという

ことなんだな。でも、それを

誰が責めることができようか。」

 

と、思ったものだった。

 

 

介護は大変です、

でも、人に気持ちを話せるだけで、

全然違ってきます。

 

良かったら、

メールでも

店が開いているときは店でも

(田舎ですが駅前ですし)

お話してくださいね。

 

お力になれることがあれば。

 

こちらから。

http://hoshino-oujisama.com/contact


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